研究目的

概要

Summary

本研究の目的は、先端科学である色素増感太陽電池の色素に自らが育成した生物(藻類)から抽出したクロロフィルを用いることで、学習者が自然の恵みと先端科学の双方の恩恵を受けていることを実感し、それによって自然災害及び科学技術上の事故による心的ダメージを克服し、未来を志向することに資する科学教育プログラムを開発することである。具体的には、まず長崎県長崎市の小学校、次に福島県川内村の小学校の児童を対象にプログラムを実施し、子供たちの未来志向性の育成効果を明らかにする。

詳細

Detail
①研究の背景

これまでの科学教育は、小学校・中学校・高等学校の理科における学習内容について基礎的・基本的な知識・技能の習得を図り、それらを活用して問題解決ができるようになるための科学的思考力・判断力・表現力を育成することに主眼が置かれている。このなかには、当然科学への興味・関心を喚起することも含まれている。しかし、我が国をはじめ世界のさまざまな国において大規模な自然災害の発生とともに、これまでの科学技術への信頼が揺らぐ出来事が相次いでいる現状を勘案すると、これからの科学教育には、単に学習内容の理解や科学的思考力等の育成あるいは興味・関心の喚起にとどまらず,児童・生徒の自然への恐れに対する克服及び科学技術への信頼の回復を意図したプログラムが求められる。そして、このようなプログラムを通じて自然との共生を目指した科学技術を基盤とした未来への希望を子供たちに抱かせることが求められる。
申請者は、平成24年度~26年度にかけて科学研究費補助金(基盤研究C)により「先端科学を取り入れた未来志向の光エネルギー学習用教材の開発と実践」の研究を行ってきた。この研究により、ワカメから抽出したクロロフィルを用いた色素増感太陽電池の教材化に成功した。すなわち、小学校・中学校・高等学校の授業時間1時間ないしは2時間の中で、クロロフィル色素増感太陽電池の作製を子どもたち自身が行い、その成果を電子オルゴールを駆動することで実感できる教材と授業プログラムを確立した。この研究を遂行する過程では、原材料となる生ワカメの調達が課題となった。そこで、申請者は地元の漁協が提供するワカメの育成講座に参加し、種付け・間引き・収穫の一連の作業を研究補助者の学生とともに体験した。そして、収穫したワカメを用いてクロロフィル色素増感太陽電池を作製し、その駆動を確認した時の達成感は非常に高いものであった。このワカメの育成から色素増感太陽電池作製までの一連の体験により申請者及び研究補助者ともに、色素となるクロロフィルcを生合成するワカメの素晴らしさ、そしてそのワカメを育む「海」ひいては「自然」の偉大さ、さらにそれを活用して太陽電池とする先端科学の素晴らしさを改めて実感した。この一連の体験を科学教育プログラムとすることにより、自然の恵みと先端科学の素晴らしさを実感し、未来を意欲的に志向することができる子どもたちを育成できるのではないかと考えた。

②研究期間内に明らかにすること

①の目的を達成するために、,明らかにすべきことは次の2点である。

(1)本科学教育プログラムによる子どもたちの心の変容を教育心理学的観点から明らかにする。

(2)ワカメあるいはワカメに代わる種の育成・収穫、そして色素増感太陽電池の作製までの一連のプログラムにより、児童・生徒の海に対する恐れがどの程度軽減したか、合わせて自然の恵みをどの程度実感したか、また先端科学の素晴らしさをどの程度実感したか、さらに未来への志向性がどの程度高まったかをプログラム実施前後の質問紙調査、あるいはインタビュー等を通じて教育心理学的観点から明らかにする。福島県川内村の子どもたちは、現に東日本大震災による地震,津波(直接ではないが)、そして福島第一原子力発電所の事故により心に大きな痛手を受けているものと予想される。全村帰還宣言をしたとは言え、村に帰還した子どもたちは約5分の1に過ぎない。プログラム受講前後で子どもたちの心の変容が大きく現れるものと考えている。

③本研究の独創的な点・予想される結果と意義

研究の独創的な点は、心的ダメージを克服し、未来を意欲的に志向することができる子どもたちを育成する科学教育プログラムを開発しようとする点にある。申請者も含め、これまで科学教育プログラムの目標は、「小柴昌俊科学教育賞」を始め、科学技術振興機構の助成事業、あるいは大学・企業が展開する科学教室においても、受講者の科学への興味・関心を喚起することに主眼が置かれていた。これまで報告されている色素増感太陽電池を用いた実験教室などの科学教育プログラム(例えば,a)紅林・松永・中川、静岡大学教育学部研究報告(教科教育学篇)第38号,pp.131-142(2007)); b)小田善治、第5回日産科学振興財団 理科/環境教育助成成果報告書 登録番号08167(2009); c)川村・吉田・島田・藤原、物理教育 56巻(1),pp.21-24(2008);d) 池田・堀川・伊藤・宮本・山本、茨城大学教育学部紀要(教育科学)57 , pp.29–43(2008)); e) 中林・小八重・横山,理科教育学研究Vol.52, pp.121-129(2012).)も、その域を出ていない。一方、復興教育の観点から、心の復興と理科学習そのものを復興させるための支援教育については、文部科学省において復興教育支援事業(http://fukkokyoiku.mext.go.jp/)として展開されているが、科学教育プログラムの中に心の復興を意図したものは見られない。
研究で提供する科学教育プログラムが、当初の目的、つまり心的ダメージを克服し、未来を意欲的に志向することができる子どもたちの育成に資するプログラムであることが、明らかになれば、先端科学と自然の恵みを実感できる様々な科学教育プログラムの開発が促進され、心の復興と共に未来を志向した科学教育プログラムが国内及び海外に向け成果を発信することで世界中の国々で展開される契機となる。